みしがん・でいず

「ぼへみあん・ぐらふぃてぃ」http://gogo.chips.jp/ USA編。

のんびりゆったり子育てとシンプルライフを求めて、家族で南国サモアに移住。その後さらに米国に。日本を脱出してから、かれこれ19年が経ち子どもたちは成人してしまいました。米国・ミシガン州より発信していますジャズ好き、アラフィフ。
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ペコにもお迎えがきました。
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    世界一かわいいフェレット

    「命あるもの、いつか生を終えるときが来る」
    わかってはいるけど、“そのとき”を受け止めるのは辛いものだ。

    フェレットのペコが我が家の一員になったのは、かれこれ7年ほど前のこと。近所のペットショップでセールになっていたところ、末っ子にせがまれて買ったのだった。お決まりのよくあるパターンで「世話をする」といった人はそのうちにしなくなり、結局、物理的な世話は私の“仕事”となった。

    昔の関連日記より




    フェレットの平均寿命は5年ほどと言われているので、もう7才になるペコの“そのとき”はいつ来ても不思議はなかった。オスカーと同じくフェレット特有の副腎疾患の症状も見られたけど、ペコは元気に年をとっていた。

    とはいうものの、昨年の暮れあたりからは、目に見えて老化が進み、毎日見ていても日に日に、寝ている時間が長くなり、小さくなっていたので、毎朝、ペコが目を覚ますかどうかが心配になっていた。

    末息子にねだられて買ったペコではあったけど、娘が世界一ペコを可愛がった。あいにく彼女は昨年の6月オハイオで就職したため、我が家から出て行ってしまった。ペコを連れていくことも何度も考えたものの、ペコの気持ちになって考えてしまう娘は、一人暮らしの自分のところに連れて行くと、昼間、ペコがさびしいのでやっぱりうちで飼っていたほうがいいという結論を出した。年末に帰ったときも、1月に帰ったときも、里帰りの大きな目的は「ペコに会う」ことといっても過言ではなかった。私に電話をしてくると、用件のあと必ず、「ペコどうしてる?」と聞いた。


    大学のアート専攻だったときには、手作り和紙でペコの絵本まで作った。ペコへの愛情がそのままつまった、「よくできた絵本」(私がほめてどうする……)だ。

    ペコは、娘の部屋を徘徊するのが大好きだったので、娘の部屋の窓の横に埋葬してあげた。娘の部屋からはいつもペコの眠っている場所が見えるし、ペコにとっても自分の好きな部屋の横に眠れてうれしいはずだ。

    私は大丈夫と自分では思っていたつもりだけど、さすがに7年間世話をしてきたので、どうにもいない暮らしは調子が狂う。外出先から帰ってくると、玄関あけて「ペコただいま!」と言ってしまう自分にいまさら気づいた。ペコが起きれば、チリンという鈴の音が聞こえるけど、その音が一日じゅうならないのも、物足りない。お水を飲むときの音もしない。ネコや犬のように、鳴いたり吠えたりしない小さな動物だけど、生きてる証の音はいつも、私の生活のなかにあった。

    ペコちん!安らかに眠ってね。
    7年間、うちのペコでいてくれてありがとう!♪

    でももう、私は動物は飼いませんよ!きっぱり!

    | yahoi | 暮らし・余暇 | 12:57 | comments(1) | trackbacks(0) | - | -
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    | - | 2011/03/16 7:09 PM |










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