みしがん・でいず

「ぼへみあん・ぐらふぃてぃ」http://gogo.chips.jp/ USA編。

のんびりゆったり子育てとシンプルライフを求めて、家族で南国サモアに移住。その後さらに米国に。日本を脱出してから、かれこれ19年が経ち子どもたちは成人してしまいました。米国・ミシガン州より発信していますジャズ好き、アラフィフ。
チリの旗
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    今日は、次男の友達ジョンの誕生日。ジョン君は、チリ人の両親から生まれたチリ人なのだが、三才の時、今のご両親に養子として引き取られ米国に来た。以来アメリカ人として生きている、今年ハイスクールを卒業したばかりのティーンだ。

    少し前、歌手のマドンナが、エイズで母親を失ったアフリカ・マラウィの子どもを養子にしたことが話題になったと思うが、ここでは途上国や恵まれない境遇の子どもを養子にすることは、珍しいことではない。

    そんなわけで、このジョン君も自分が養子であることは、ちゃんと知っているが、本当の両親には以来会ったことはなく、生まれた国を訪ねたこともないという。それでも、「僕はチリ人」というアイデンティティはしっかり持っているようで、祖国チリを訪ねたいと、よく話しているという。

    前置きが長くなったけけれど、末息子が今年の誕生日、スケートバークで転倒し、腕を骨折という非常事態に、息子を病院に運んでくれたのがこのジョン君とその友達だった。次男と仲良しの彼は、親友の弟の緊急事態を目の当たりにして、適切な処置をしてくれたわけだが、骨折したのが誕生日と知り、その翌日、「昨日はせっかくの誕生日だったのに、お祝いできなかったでしょ?」と言いながら、友達とケーキを作ってみたからと、四角いスポンジを焼いて、“日の丸”のデコレーションをしたケーキを届けてくれた。

    ティーンエィジャーの男の子が、気の毒な骨折坊のために、一生懸命ケーキを焼いてくれるなんて、結構心憎いことするじゃんと思って眺めていたが、息子も痛みに唸りながらも、うれしかったのだろう。

    チリの旗ケーキ
    それを忘れていない、息子は、今日のジョンの誕生日に、“チリの旗”のデコレーションをしたケーキをお返しに作った。「チリの旗の方が日本の国旗よりは、テクニックが要るけどね」と言いながらケーキを渡すと、苦笑いをしながらも、うれしそうだった。

    かわいいでないの。ティーンエイジャーの男たちも!
    | yahoi | 作ったよ。食べたよ。 | 14:40 | comments(4) | trackbacks(0) | - | -
    第二次世界大戦中の雑誌
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      古い物好きなMikiは、思いもよらない物が見つかるアンティークショップに行くのが大好き。気が向くと、近所のお店にふらっと立ち寄る。私はと言えば、ふらっと立ち寄ったついでに、Mikiがとんでもないジャンクを買ってしまわないように、見張り(?)を兼ねて、いつもくっついて行く。

      いくつか、「これいいなぁ〜」というものを見つけたMikiであったが、残念ながら、私を説得することはできず。代わりに、夫婦で意見が一致した、古い雑誌、ポピュラーサイエンスを三冊買って来た。Mikiが先に読んでは、ほぅ〜、へぇ〜、と頷いている。

      ポピュラーサイエンスと聞けば、一時は日本版も発行(現在、日本語版は廃刊)されていたので、聞いたことがある人もいることだろう。アメリカでは、知らない人はいないというぐらいに由緒ある雑誌で、初版は1872年というから驚きだ。もちろん以来、ずっと発行され続けている。

      今日、買った三冊は、1945年(昭和20年)発行のもの二冊(当時25セント)と、1956年(昭和31年)発行のもの一冊(当時35セント)。1945年と言えば、終戦の年、1月号と3月号なので第二次世界大戦の真っ只中だ。そんなおりアメリカ人はどんな記事を読んでいたのか、ちょっと気になるではないか。数ある中から、二人でこの年発行のものを選んでみた。

      62年も前の雑誌
      現代の雑誌ならば、絶対に有りえないだろう“Japs”と言う単語が目に付く。右端表紙の絵は、米国側から見た、日本兵の典型的な様相なのだろうか?

      戦闘機がいろいろ
      昭和20年の1月号をめくると、日本の戦闘機が特集されている。日本の戦闘機に、"Tony' "Sally" "Helen" なんて、適当に勝手な名前が付けられていて、中には"Tojo"なんてのもある。

      日本軍の制服を取上げている
      ページを進めると、日本軍の制服についての記事がイラスト入りで紹介されていて、なるほど、この雑誌が発行されていた頃の現実を垣間見ることができる。

      この頃、私はまだ生まれていないので、日本がどんなだったか、当時の現実を知る由もないが、父母の話や歴史、テレビ番組や映画からこの頃、日本じゅうが、悲惨な毎日を強いられていただろうことは容易に想像できる。

      リビングルームの特集
      戦争の真っ只中を思い知らされる記事といっしょに、昆虫のことや、「未来のリビングルーム」なんて穏やかそうな特集も混在しているのは、これが科学雑誌だからか?戦地になっていないここでは、大戦の真っ只中でも、戦争はどこか遠いところの出来事だったのかもしれない。今、どんなにイラクで苦しい思いをしている人がいようとここには、別の時間が流れているように……。

      1945年発行のものには、宣伝がほとんどないが、それから10年後のものは、宣伝が目立つようになる。50年代にアコーディオンが流行したと聞くが、その証拠のようなアコーディオンの宣伝もみつけた。記事の中に、セントラルエアーの特集が組まれている。日本のこの頃と言えば、昭和三十年代に突入し、人々がテレビ、冷蔵庫、洗濯機を「三種の神器」と呼び、こぞってほしがった時代だ。古い雑誌を眺めるのもなかなかおもしろい。

      興味のある方、古いポピュラーサイエンスの記事を集めたこんなサイトを発見しました。

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      | yahoi | コレクション(ジャンクヤード) | 01:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
      蒸気機関車に出会う
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        今日は、土曜日。いちばん上の息子は、あの像を連れて朝からデート。下の二人の息子は、公園にローラブレード、スケートボードと、それぞれお楽しみの週末だ。私たち夫婦は、とくに目的もなく町をドライブしていて、ダウンタウンの外れでいつもと違う光景に遭遇した。

        蒸気機関車
        蒸気機関車登場!

        郷愁をそそる汽車にカメラを向ける人たち
        いつもは、貨物列車しか通らないはずの、線路の上にモクモクと煙を吐く蒸気機関車が悠々と停車していた。回りには、突如現れた懐かしい汽車にカメラを向ける人だかり。いったい、この汽車は何のため?どこから来たの?と思っていたところ、車掌さんらしき、大きなお腹のおじさんを発見。Mikiが好奇心にまかせていろいろと質問した。

        この汽車は普段はOwossoと言う小さな町の博物館に展示してある蒸気機関車だけど、年に一度だけ、SLファン向けに一日遊覧ツアーをしているそうで、その目的地が私たちの住む町だったというわけだ。かつて大活躍した蒸気機関車も、今走らせるのには、莫大なお金がかかるのだと話してくれた。

        目的なくドライブしていて、年に一度しかチャンスのない、蒸気機関車に出合えたようだ。たくさんのコークスを積んだ車両、甲高い汽笛、モクモクと吐き出される煙、確かにノスタルジックな光景でした。


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        | yahoi | 行ったよ。見たよ。 | 21:45 | comments(2) | trackbacks(0) | - | -
        テレビのこと
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          我が家の面々が、聞いてもつまんない夢の話を延々と話すことを書いたら、意外なことに、「我が家がテレビを見ない」ことへの反応となってしまい、びっくり。うちでは、テレビを見ないことは、特に不便なことでもなく、自然なことなので、大して気に留めたこともなかった。いつも暮らしの中にテレビのある人にとっては、これが結構、異常にうつるということを今更ながら、実感した。

          遡ること二十数年前、Mikiと私の俗に言う、“新婚時代”は起きたらすぐに、テレビのスイッチを入れ、深夜までダラダラとテレビがついている暮らしだった。マンション暮らしだったので、家の中ではテレビを見るぐらいしか、時間を過ごす術がなかったというのもあるだろう。

          そんなテレビ漬けの私たちが、娘が生まれたのと時を同じくして、過疎の田舎に引っ越した。テレビ放送を受信するためには、協聴アンテナに加入しなければならないことを引っ越した後で知った。その費用が10万円ほどかかると聞いて、途方に暮れた。なけなしのお金を叩いて新築の家を建てた私たち夫婦に、そんなお金はなかった。結局、夫婦揃って「それならテレビは見ないでおこう」という結論に達した。

          田舎の暮らしは、テレビが無くても退屈しなかった。朝起きるとまず、大好きなレコードをかけた。育児に没頭しながらも、陽のあるうちは、外で庭仕事や家庭菜園を楽しんだ。陽が落ちてからは、これまた、私の好きな音楽をBGMに、小さな娘の妨害と戦いながらも、夫婦でトランプやオセロケームをして遊んだ。田舎への引越しに気が進まなかった私は、田舎暮らしの条件として、「エレクトーンを買うこと」をMikiに要求してあった。そのおかげで、家具はまばらで、テレビも映らないくせに、新品のエレクトーンはあるというアンバランスな暮らしとなったが、山の中の一軒家で、隣近所への音の気配りも要らず夜中までボリュームいっぱいで演奏を楽しんだ。

          私たち夫婦は、それに慣れてしまい、全然不自由していないどころか、テレビがないことで、楽しい時間を得ていることに気付いたぐらいだったのに、近所の村人からは、「今どきテレビが見られない家族」として、気の毒がられた。ある近所のお婆さんは、「うちにある使っていないアンテナを貸してあげるから、これを試してみなさい」と古ぼけたアンテナを置いて行った。

          そうして数年過ごすうち、とうとうある時、村の区長さんが、「あんたんところ、こんな田舎でテレビが無くては不便だろう。協聴アンテナの料金が下がったから、はいらっせ」と親切に知らせに来てくれた。私たちがいくら要らないと思っても、ここまで村の皆さんに心配かけては、という思いもあり、テレビ導入に踏み切った。

          それからは、家族がどんどん増え、子どもたちはテレビのある暮らしを当然と受け止め、子ども番組や教育番組を楽しんだ。私たち夫婦もドラマや映画、バラエティ番組を楽しむ暮らしを続けた。

          サモアに渡る時に、14インチのビデオ付きテレビを持ち込んだものの、私たちが無知だったため、サモアのテレビ方式が、ニュージーランドやオーストラリアと同じくPAL方式だったことを知らなかった。結局サモアのテレビ放送は受信できず、テレビはあるものの、番組は映らない暮らしが再び始まった。どちらにしても、サモアのテレビ局は、国営放送だけなので、大した番組はやっていなかったが。

          サモア暮らしの間は、テレビを見ないおかげで、家族みんなが読書にふけった。家族で同じ小説をまわし読みするので、会話も弾んだ。放送を受信できないテレビもビデオを見るには役立ち、レンタルビデオショップで週末ごとに映画を借りて、家族みんなで楽しんだ。

          そして、アメリカに来て、最初の一年あまりはテレビケーブル完備のアパートに住んでいたので、テレビ漬けの日々を送った。この一年、毎日のように「フルハウス」や「ファミリータイズ」のようなアメリカンホームドラマを楽しんだ。番組から、アメリカ英語や文化に親しむことができたのは間違いない。一方で、何十チャンネルものバラエティに、コントロールを失い、ついつい深夜までダラダラとテレビを見てしまうこともあった。

          そして、一年後一戸建てに引っ越した。アメリカの場合、テレビはケーブルか衛星を受信しないと、番組は見えないので、テレビをどうするかを考えなければならなかった。アメリカ人なら、「テレビを見ない暮らし」は選択にないかもしれないが、我が家は「テレビを見ない」もオプションのうちだった。サモア暮らしで、テレビのない暮らしを経験済みだったからか、「テレビをどうする?」という質問に、意外や意外に、みんな「別になくてもいいよ」とのことだった。

          「じゃあ、しばらく無しで行きましょう」となってから、早くも五年が経ってしまった。ただ、正確に言うと、テレビ番組がひとつも見えないわけではなく、画像が悪いながらも室内アンテナで二局は受信できるため、ローカルニュースとPBS系教育テレビは見ることができる。特に9&10ニュースは、この地域の学校の臨時休校など、大事な情報をテレビニュースの中で流すので、毎朝、ザーザー画面ながらも見ないわけにはいかない。

          ザーザー画面ですけど
          ザーザー画面ながらも、なんとか映るローカル放送

          こんな成り行きで、「テレビ放送を見ない」我が家だけど、改めて思うと結果として、だからこそ、見るときは家族で同じ映画やドラマを楽しみ、だからこそ、別のことに時間が取れるのは間違いないように思う。最近はインターネットさえあれば、日本のテレビ番組までも、Youtubeで、見ることができてしまう時代となり、ますますテレビの必要性を感じていない。

          あら、テレビのこと書いたら、こんなに長くなってしまいました。読んでくれた皆さんどうもありがとう。

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          | yahoi | えっ?うそっ〜! | 23:51 | comments(4) | trackbacks(0) | - | -
          夢の話
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            夜型Mikiに付き合って、寝ていなかった明け方四時。寝坊なはずの長男が起きてきた。

            「こんな時間になんで?」

            「変な夢見て目が覚めてしまった」と言いながら、その変な夢の一部始終を語りだした。要約すると、舞台は、自分が日本にいる頃に通っていた、山の上の小さな小学校。でもそこにいる自分は今の自分。友達はサモアにいた友達だった……ここまで、聞いて、

            「舞台の唐突さといい、キャストといいさすが夢だね。意味不明じゃん」

            私のコメントに、

            「そうなんだ、わけがわからないから怖いんだ」

            この程度で怖いって言うのもどうしたものだろうとは思ったが、まだ、寝ていなかった私はベッドにもぐった。

            そして再び朝、目が覚めたら今度は末息子が起きて来るなり、

            「ママコ、オレ、すっげぇ、エクサイティングな夢を見たんだ。ちょっと聞いてくれる?」

            (兄弟揃ってまた〜?)と呆れる。Mikiもよく、自分の見た夢を延々と私に聞かせたがるのでこれは、遺伝かもしれない。

            私は、自分がいくら夢を見ても、それをわざわざ人に話して聞かせようとは思わないし、人の見たトンチンカンな夢なんて聞きたくもないデス。

            子どもが聞いてと言うから仕方なく、「ふんふん」と聞いてやる。というか、聞くも聞かぬも、話す、話す、日本語と英語とチャンポンで延々と夢の話。エクサイティングな夢の後だけに、本人すっかり興奮しているのだ。

            要約しますと、ズバッ、ドバッ、バリッ、ドッカ〜ン、ゴゴゴ〜ン、シーン、ハッピーエンド!みたいな話でした。

            私が診断するに、これはアメリカ映画の見過ぎですね。

            我が家は、日本を出てからと言うもの、テレビを見ない暮らし(テレビはあるがケーブルをひいていない)をしている。代わりに週末には、映画を借りて、家族で観ることが多い。夢の話を聞きながら最近見た映画を思い出す。

            なるほどなるほど。
            やっぱり、映画の見過ぎだ。
            | yahoi | 暮らし・余暇 | 10:20 | comments(2) | trackbacks(0) | - | -
            ゾウを探しに行ってしまった。
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              買い物嫌いの息子が珍しく、
              「お母さん、買い物に行きたいんだけど、時間ある?」と来た。先日の七夕の日に二十歳になった長男である。

              「それって、乗せて行ってほしいってこと?車なら、使わないから自分で乗って行っていいよ」と私。

              「ぃぃや、プレゼントを買いたいけど、自分だけだと決められないから、いっしょに行ってくれる?」

              聞くと、今年になってからお付き合いしている、ガールフレンドのT嬢に、交際半年記念のプレゼントを買いに行きたいと言う。

              ギョ〜!けっ!

              すねかじりの貧乏学生のくせにという思いと、母親として、買い物に誘われてウレシイという思いと、そんなモノ買うのに、母親について来いとは、“コイツ冬彦さんか?”という思いが交錯しながらもついて行ってしまった。

              実は2月に彼女の誕生日プレゼントを買う時も、私と娘と、娘のボーイフレンドと末息子という、豪華メンバーでゾロゾロと選んだのだ。「ガールフレンドの誕生プレゼントを買う」という行為に、これだけの人々を繰り出させてしまう、長男のドンくささ。大勢でアクセサリー売り場に溜まり、あれでもないこれでもないと、ペンダントを探すのだから、冷めた目で見ればお笑いの光景に近かったかもしれない。

              早い話、今回はその第二弾の時が来たわけだ。それにしても、「付き合い出して半年記念」と聞いて、口の悪い私は、「貧乏学生のくせに、そんなこと祝っている場合じゃないんじゃないの?」と言うと、マジ顔で、

              「いゃいゃ、お母さんは日本人で、古い人だから知らないだろうが、ここではこれが普通なんだ」と、のたまう。

              時代が違うとか古いとか言われるとカチンと来たが、何はともあれ、二人でウォルマートではなく、JCペニーに向かった。

              T嬢はゾウさんが大好きなのだ。だから、息子はゾウの何かを探してほしいと言う。アクセサリー売り場に行き、「ゾウさん、ゾウさん」と心の中で歌いながらゾウモノを探す。蝶モノ、トンボモノ、イルカモノ、亀モノ、カエルモノは結構目にするけど、ゾウはなかなかいない。

              探すこと10分ほど、

              「あっ!ゾウさんいた!それも可愛いのが!」

              すぐに息子を呼び、教えてあげたら息子もその、ゾウさんのペンダントがすっかり気に入った。それも、大バーゲンで定価の六割引。いつも高いからあまり行かないJCペニーも貧乏学生には味方してくれたようだ。

              こうして、大して苦戦することなくお買い物終了。

              たぶん次男や三男ならば、私にはそんなこと言わずに、こっそり買い物に行き、プレゼントしたことも黙っているだろう。それがフツーだと思う。もしMikiが私のプレゼントを買うのにママといっしょに選んだと聞いたらひいてしまっていただろう……。息子がT嬢に「お母さんと探した」話をしているかどうかは、怖くて聞けない母であった。

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              | yahoi | えっ?うそっ〜! | 02:04 | comments(2) | trackbacks(0) | - | -
              それが見つかるから不思議!
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                Mikiは、古いものが好きなので、うちにはMikiのお気に入りのアンティークがあちこちに置いてある。

                我が家の破壊魔、末息子が数週間前に、Mikiの大事なランプを割ってしまった。ソファで横になりうたた寝していた息子が寝返り打った。足の先にあったミルクガラスの傘のランプを思いっきり蹴飛ばして、ガッチャ〜ン!!

                お気に入りのランプが割れてしまい、Mikiはがっかり〜、しょぼん……。怒りびっくり

                なにぶん古い物なので、新しい物と違って、新品のパーツを買って来るというわけにはいかない。ミルクガラスの傘をなくしたランプはしばらくの間、寒そうに部屋の隅に座っていた。それを尻目に、しばらく末息子は「オマエに割られた」というMikiの冷たい視線攻撃に耐えなければならなかった。

                しかし、しかし、諦めないオトコがMikiである。頭の片隅に“ランプの傘”をずっと置いて過ごすこと数週間。リサイクルショップを覗いてはどこかに同じものがあるはずだと念を送ったからかどうかはわからないが、執念が通じてしまった。

                たまに覗くリサイクル屋に、まったく同じサイズのミルクガラスの傘が
                あった!

                まさか見つかるとは……

                そんなモノあるわけない。諦めの悪いオトコだなぁと内心思っていた私。いっしょに買い物に行き、見つかった瞬間に居合わせたが、まったく、え〜?!うそっ〜!という心境である。

                確かに、ガレージセールとかリサイクルショップなど、とても上手く機能している社会だと思う。日本人なら、さっさと捨ててしまうような物が、きちんとリサイクルされるのだ。鍋のフタだけとか、フタを失った鍋とかがリサイクルショップにあったりするから不思議。そして、ちょうど合うフタだけを見つけて喜ぶ人、ちょうど合う鍋を見つけて喜ぶ人、ちゃんといるからこれまた不思議。

                「形あるものは壊れる」「人間諦めが肝心」という私と、「形あるものを大事にしよう」「人間諦めてはいけない」というMikiであった。

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                | yahoi | えっ?うそっ〜! | 21:59 | comments(2) | trackbacks(0) | - | -
                ブルーベリー摘み
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                  ブルーベリーの季節がやって来た。ヽ(^o^)丿

                  6月には二回イチゴ狩りに行ってしまったけど、これからしばらくは、ブルーベリーの番です。次から次へと実をつけるので、9月ぐらいまでは楽しめます。

                  blue berry
                  日本では、ブルーペリージャムは口にしても生のブルーべりーを頻繁に食べた記憶はないし、スーパーでブルーベリーを買った覚えもないので、イチゴみたいにメジャーな果実ではないのだろう(?)。ここミシガン州のスーパーではブルーベリーもラズベリーもイチゴと同じぐらいポピュラーで、出回る時期には手頃なお値段で買うことができる。

                  ブルーベリーは、生食だけでなくマフィンやパンケーキに入れて焼いたり、パイのフィリングとして使ったり、いろいろな食べ方がありますが、私は今まで生食で食べて、オイシイと思ったことはなかったけど、今日からおいしくなってしまったみたい。ほんのりした甘さと新鮮なブルーベリーのプチッとした感触が良くて、食べ出したら止まらない。

                  プルーベリーって網膜に良いとされるアントシアニンが豊富に含まれているらしく、最近は日本でも健康ブームに乗り、ブルーベリーを使用した健康サプリがたくさん出回っていると言う。そう聞くとますます、おいしく食べられるではないか。

                  さて、気になるお値段ですが、毎年行くこのブルーベリー農園、いちご狩りの時と同じく、入場料も駐車場代ももちろん要りません。ひたすらブルーベリーがつづら生っている木から熟したベリーを摘み取らせていただいて、お持ち帰りする分だけをボンドあたり、1ドル20セント(100gあたり32円円ほど)で買います。摘んでは食べ、摘んでは食べて、お腹に入れて持ち帰るのはタダです。朝ごはんを食べずに行って来たので、今日はかなりお腹に入れて持ち帰りましたが、3ポンドほどのブルーべりーは、“お金を払って”持ち帰って来ました。

                  1Lあたり1ドル20セントのブルーべりー
                  また行こっと!

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                  | yahoi | 行ったよ。見たよ。 | 02:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
                  お買い物に行って、音楽に出会う
                  0
                    今日は、Mikiが120km ほど離れた州都Lansingに行く日なので、末息子といっしょについて行った。私たちの住んでいる町は、小さな町なので日本食レストランもなければ、アジア系食材の手に入る店もない。たまにMikiがLansing方面に行く時には、米や和食調味料などの調達するためについて行くことが多い。こんな時、大都市は何でも揃って便利だと思うが、距離はあるものの時間にすれば一時間ほどのドライブなので、不便というほどでもない。

                    息子の目的は、楽器屋さんだ。うちの近所の楽器屋さんは、ミシガンの不景気を生き延びることができなかったのか、とうとう先日、店を閉めてしまった。大都市には、大きな楽器屋があるので、それが目当てでついて来るのだ。私が、Lansingまでドライブする時に、楽しみにしているのはラジオで、私たちが住んでいる町にはないステーションが聴けるのがうれしい。三十分ほど車で走るとキャッチできる、Lansing Smooth Jazzというステーションが私のお気に入り。大都市では、だいたいこうしたsmooth jazzのステーションがあるらしいが、残念ながら私の住む町では、この類のステーションを聴くことができない。

                    幸いなことに、末息子はどんなジャンルの音楽も受け付けるので私が聴く音楽に文句を言うことはない。Mikiを下ろしてから、私の運転で車を走らせていると、息子が突然英語で叫んだ。(興奮すると英語が先に出てしまうのがとほほな日本人ですが……)

                    「あっこの曲いい!このフレーズ好き、ベースの入り方がカッコイイ。これ、ジャズバンドで弾きたい!お母さんなんていう曲?」

                    「ん?初めて聴く曲だから、わからん……」

                    曲が終わり、DJのコメントに二人で耳を凝らす。早口のDJ言葉、私は何も聞き取れず。息子はすかさず、聞き取れた単語"MOYO" "Black River"という単語を( ..)φメモメモ。

                    Mikiが用を済ませている間、私と息子はそんな感じで快い音楽を聴きながら、楽器屋さん、オリエンタルストア、モールと回り、時間を潰した。最後にMikiを拾ってから、さらに大きな楽器店に寄り、お目当てのものを買った。

                    今日のお買い物
                    本日のお買い物。
                    いくらあっても足りないギターの弦と長いこと切れたままになっているバンジョーの弦をゲット。エレキギター用のケーブル二本は、長男のリクエスト。リビングのドラムのドンドコに悲鳴をあげている私がほしかったのは、ドラム用のワイヤーブラシ。私の横でドラムを叩く時には、スティックの代わりにこれを使ってほしい。最後に次男に頼まれたバスドラのドラムヘッドは安かったので二つ買ってしまった。

                    家に戻り、末息子は車の中でメモした曲をさっそくインターネットで調べた。

                    「あっ!お母さん、これ日本人プレーヤーの曲だった」

                    と気に入った曲の正体を見つけ出した。Keiko Matsui (松居慶子さん)という、日本より米国で有名になっているジャズピアニストの新アルバムからの曲だったことが判明。どこで何をしていても、新しい刺激を拾うことができるものだと思う。

                    因みに、末息子は、「これ、いいでしょう?」なんて言って長男にその情報を伝えるが、メタルロックが大好きなメタラーの次男にはこの情報を伝えようともしない。母の私はこうした刺激の受け方、伝わり方がおもしろくて、苦笑している。

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                    | yahoi | Music 音楽を楽しむ! | 00:59 | comments(4) | trackbacks(0) | - | -
                    あれから二十年経った
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                      7月7日、七夕の今日は長男の誕生日。
                      うちでは、誕生日だからと言って、特別なイベントも大きな誕生日プレゼントもしないけど「何が食べたい?」のリクエストには応じている。

                      昨年、一昨年と私は日本に帰国中だったのでここで、長男の誕生日をいっしょに迎えるのは、なんと三年ぶり。そう言えば2004年の彼の誕生日は、「何が食べたい?」の質問に「海老天ののった冷たいうどんコロ」と答えられ、汗だくになって手打ちうどんを作った。つい昨日のことのようだけど、あれから三年が経っていることに驚く。早過ぎる。子どもの誕生日ごとに、「あれから○年」と産んだアノ日を思いだす。二十年前の7月7日、陣痛で「イタタタ・・・(>_<)」と唸りながらもテレビで夜10時からのトレンディドラマを見ていたっけ。

                      さて、息子に何が食べたいか聞くと、「オレの好きそうなものなら何でも」と言うことで、ホッ!炊き込みご飯と、和風味のチキンのから揚げ、チーズケーキを作る。ふだん、大学のカフェテリアでバイトしている息子は、ハンバーガー、ビザ、ホットドックみたいなものばかり食べているので、この程度のメニューで大満足なのだ。

                      ガールフレンドのブルーベリーパイと母のチーズケーキ

                      今年の誕生日は、初めてガールフレンドもいっしょだ。彼女からの誕生日プレゼントは、お手製のブルーベリーチーズパイと小さなギターだった。寝ても覚めてもギターを触っていたいギター男にぴったり。これでいつでもどこでも携帯できると大喜び。

                      もらったギターをさっそく弾く
                      ケーキを食べた後は、さっそくもらったギターを片手に洋楽邦楽ジャンル問わず歌いまくる。三男が別のギターを抱えて加わる。長男の演奏にさらにアドリブを入れて音が大きくなる。レミオロメンの「粉雪」を歌いながら、声がひるがえって大爆笑。日本語のわからない彼女も大爆笑。次男は、騒音に耐えながらその横のパソコンで、黙々と自作曲の編集をしているのが笑える。

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                      | yahoi | 暮らし・余暇 | 01:56 | comments(4) | trackbacks(0) | - | -
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