みしがん・でいず

「ぼへみあん・ぐらふぃてぃ」http://gogo.chips.jp/ USA編。

のんびりゆったり子育てとシンプルライフを求めて、家族で南国サモアに移住。その後さらに米国に。日本を脱出してから、かれこれ19年が経ち子どもたちは成人してしまいました。米国・ミシガン州より発信していますジャズ好き、アラフィフ。
アメリカの電話革命?
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    最近、自宅の電話をIP電話(ネット回線を利用する電話)に変えた。

    ブロードバンド環境について言えば、国土の広いアメリカの方が日本より、遅れをとっているようだけど、田舎町に住む我が家もブロードバンド環境を得てから3年ほどになる。

    そんな中、中国人の友達が耳寄りな情報を知らせてくれた。彼女がいうには、ブロードバンド環境さえ確保し、自分の使っているIP電話会社に変えれば、電話代が驚くほど安くなるうえ、日本にも通話料なしでかけ放題だという。

    「そんなウマい話あるの?」と半信半疑ながら、手渡してくれたパンフレットに目を通そうとしたら、あら、中国語……!(~_~;) 加えてその中国人の友達は英語があまりうまくないので、私の知りたいことを説明してもらえない。中国人向けの会社かなと諦めつつウェブを見ると、ちゃんと英語の説明もありました。サイトには、アメリカの各主要電話会社とのこんな比較チャートが掲載されている。

    我が家が電話を持った頃IP電話はなかったし、この地域はVerizonが牛耳っていたため、電話会社を選ぶという選択の余地はなかった。

    どっこい、この表を見て驚き\(◎o◎)/!

    Taxes & fees などの隠れた追加金もないという。これが本当なら年間で、かなりの電話代が節約できるうえ、契約ブランによっては、日本をはじめ世界二十カ国以上が通話料なしの駆け放題だという。

    さっそく、Mikiに相談してみると、

    「ネットも携帯もあるんだし、自宅の電話にはどうせロクな電話はかかってこないのだからいっそのこと電話をやめてしまおう。それならもっと安いぞ!」と言う。

    確かに、自宅にかかる電話のほとんどは、押し売りとか寄付金集めとか、要らぬセールスばかりでウンザリ。私は、コーラーIDを見て、覚えのない電話番号からの電話は取りもしない。ほんとに大切な用件ならば、留守電にメッセージを残すだろう。

    でも私は、Mikiがいうように“自宅電話無し”というわけにはいかないと思う。かと言って、我が家にとっては、それほど電話が重要でもないので、安いに超したことはないという結論で、さっさと、電話番号の移行手続きをし、ネット接続の契約だけを残し、電話のサービスはこの中国系のIP電話に変えてみた。

    カスタマーサービスの対応が、中国人訛りの英語というところがご愛嬌だけど、少なくとも録音の応答ではなく、人間が電話に出てくるのが早いし、とりあえず、今のところ問題ない。ローカル通話と同じノリで日本にもじゃんじゃん電話できている。

    しかし、恐るべし中国パワー。これほど値段の違う商売をアメリカでされては、中国人のみならず、電話会社を鞍替えというお客がどんどん出て来るだろう。するとアメリカの電話会社はつぶれてしまうかも。


    ……と余計な心配をしつつも、ちゃっかり、電話会社を変えてしまった私であった。

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    | yahoi | えっ?うそっ〜! | 23:20 | comments(2) | trackbacks(0) | - | -
    フィラデルフィアのオバマ氏の演説
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      政治のことはよくわかりませんが……。

      ジム・クロウ博物館の展示物を見た話をしたけれど、これを見たあとで改めてオバマ氏の演説を聞いたら、ほんとにジーンときた。私はアメリカに住んではいても米国人ではないので、ちまたで騒いでるほど、選挙の行方に興味はない。

      そんな私でも3月18日のフィラデルフィアでのオバマ氏の演説(A More Perfect Union)には、人として頷かされるところが多く、聞いているうちに熱いものが込上げて来た。

      私程度の英語力では、ハーバード大学ロースクールを出ているオバマ氏のボキャブラリーについて行くことはできず、演説を一度聞いたからといって全ての内容が理解できるというものではない。辞書を片手に全文に目を通し、文字を追いながら40分余りの演説に耳を傾け、私なりに理解したという感じ。(ネット上にこのスピーチの全文邦訳が登場するのも時間の問題だと期待している)

      2004年の演説に引き続き、こちらも歴史に残る演説だろうと囁かれはじめているようだが、おっしゃることごもっともです。政治家として彼がどんな手腕を見せてくれるかはさておき、彼を応援する牧師の話したスピーチの一部を切り取って使い、オバマ氏の印象にダメージを与えそうな箇所だけ繰り返し放送するというメディアのひどい仕打ちというか、落とし入れに対して、こんな演説で応えたオバマ氏はあまりにカッコイイではないか……。★ことの全容がよくわかる記事みつけました

      多くの人がこの演説で何かを感じられたらと思う。

      息子のハイスクールの社会の先生も、この演説に感動したらしく、生徒に聞かせたいな〜なんて呟いているそうだ。でもキャンペーン真っ只中の今、公立学校で先生が、それをするわけにはいかない。選挙が終わり結果が出たあとなら、「イケてるスピーチ」として生徒に紹介できる日も来るかもしれない。

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      | yahoi | ダイバーシティを考える | 11:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
      ジム・クロウ "Jim Crow "
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        "Hateful Things"という展示を見てきた。これは、アメリカの歴史の中でもジムクロウ時代を物語る悲しい実像として、Jim Crow museum に保存されてる展示物の一部が、全米を旅している。私が見た展示物はこちら

        見ていくうち、私が思わず「ひどい……」と声をあげたものは"Alligator Bait"(ワニの餌)というタイトルのついた、レターオープナーの展示。ケース中には、上部に黒人の赤ちゃんが何人か描かれており、その下にワニが赤ちゃんを食べている様子をかたどったレターオープナーが収まっている。こうしたサインに、もし自分をはじめ、私の愛する人が該当していたら?と想像するだけでやるせない気持ちになる。

        こんなものが実在した時代に生きなければならなかった黒人の人々の胸中を思うと怒りと悲しみで苦しくなる。ジム・クロウ時代に当時の白人によって描かれた多くの"Hateful Things"(憎むべきモノ)が築いたステレオタイプは、今もアメリカだけでなく、世界に大きな影響を与え続けていることは、簡単には拭い去れない現実であり事実なのだ。

        展示の数々から、ステレオタイプによる偏見で物事を判断したり、人を見ることの罪を知ることができる。そしてそれはとても怖いことだとわかる。

        Civil Rights Act と呼ばれる人種・宗教・性・出身国により、人を差別することを禁止する法律が成立したのは、1964年のことだ。成立したからといって、人々の中にすでにできあがってしまった、差別的な意識や偏見は簡単に変わるものではなかった。そしてそれは今もいろんな形で尾をひいている。

        でも、今光が見えるのは、当時の“憎むべきモノ”は時代を経て、それがいけないことだと伝える“展示物”となっているということだろう。

        ジム・クロウ博物館の様子がまとめられたビデオがみつかりました。


        日本で大人になった私には、こうした人種に絡む差別問題の深さとか悲しさは、簡単に理解できるものではない。アメリカに住み7年経つうち徐々にいろんな側面が理解できはじめているといったところか。

        単一民族の国で生まれ育った私は、人種について深く考えたこともなかったし、人種による差別がどれほど根強く、今もいろんな状況において大きな影響を与え続けているかなど、気にしたこともなかった。無知と言われればそれまでだが、そのおかげで私は人をステレオタイプによる偏見で人を差別したり、判断したりするという能力もない。

        肌の色も、人種も国籍も超えて、一人の人間として“人”と繋がっていたいし、社会もそうあるべきだと信じている。

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        | yahoi | ダイバーシティを考える | 03:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
        コンピューター
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          古いコンピューターが地下室にずっとほってあったので、重い腰をあげてリサイクルショップに寄付してきた。

          いつの間にか、我が家では6台のコンピューターが常にネットに繋がっている。確かに今やコンピューターなしの暮らしは考えられない。アメリカで学生をしている者にとっては、宿題も勉強もコミュニケーションツールとしても、コンピューターはなくてはならいモノという感さえある。日本ほど、携帯文化が発達していないからということもあるかもしれない。

          その必要性を感じたので、5年前、子どもたちが使うためのパソコンとしてXPのデスクトップを一台買った。月日が流れるうちに、皆で共有するにはスペックが足りなくなってしまった。大学生ともなるとそれぞれ専門とする分野が違うので、必要なソフトが異なるうえ、共有となると時間的な制約もある。

          一昨年前、子どもたちの中ではいちばんに、娘がバイトで貯めたお金を投じてマイパソコンを購入。コツコツ型の次男は、昨年の夏フルタイムで働き、自身の学費を全て払ったあとでもなんとかお気に入りのラップトップを買うゆとりがあり、迷わず彼もマイパソコンをゲットした。そして末息子は、タレントショーや音楽コンクールで獲得した賞金をつぎ込み、最近、家族の中ではいちばん良いコンピューターを手に入れた。もちろん、私もMikiもそれぞれ持っている。

          娘はアートや服飾デザインがしたい人。建築家志望の次男は音楽ソフトだけでなく、CADも使いたい。末息子は作曲活動や録音だけでなく、ビデオ編集もしたい。加えて“音”に拘るオトコなので、コンピューターもアンプやスピーカーと繋ぎ、部屋全体がネットに繋がったオーディオルームと化している。

          友達とメールをしたり、ネットサーフィンする程度ならば、与えてあったコンピューターで十分足りる。それどころか、全員が学生なのだから、学校のコンピューターラボはいつでも使えるし、公共図書館、大学図書館にあるコンピューターは地域住民に開放されているという恵まれた環境にあるのだ。パソコンなど持たなくともそれなりに世界と情報交換するぐらいのことはできる。

          しかし、コンピューターというツールをワンランク上の目的で使いこなすとなると、話は違ってくるということらしい。

          う〜ん。
          地球規模で考えると贅沢なことだと思う。
          しかし息子たちは口を揃えていう。
          「自分の夢を実現するためにコンピューターが要る」と。

          まだマイパソコンを入手していない、長男がこのところ毎日のように、新しいパソコンを買うためにリサーチをしている。

          子どもたちの夢はいつでも応援したいけど、一方でこんなに贅沢なことが許されていいのだろうか……という思いも拭いきれない母であった。



          | yahoi | 暮らし・余暇 | 06:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
          ハイスクール・ミュージカル
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            美女と野獣
            毎年恒例のハイスクール・ミュージカルを観て来た。今年は、“Beauty And The Beast”(美女と野獣)だ。

            息子の通うハイスクールには、英語の選択科目として“ドラマ”というクラスがある。また、ファインアートの選択科目として、 “technical theatre”と呼ばれる舞台技術を勉強する科目まで用意されているので、こうした科目を学ぶ生徒たちが合同で、それぞれが学んだことを活かしミュージカルの公演をする。

            数年前に、はじめてハイスクール・ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」を観た時には、正直ド肝を抜かれた。日本の学校で開かれるような、学芸会的催しを想像していたら、あまりにレベルが高いので驚いてしまった。学芸会レベルというよりは、ブロードウェーを目指している印象だった。

            穴の下のオーケストラ
            何しろ、音楽も全て生徒の生演奏によるもので、吹奏楽やオーケストラを選択科目として学んでいる有志たちが、この公演のために、スペシャルオーケストラを組んでステージ下で演奏する。息子は昨年も今年もトランペットで参加した。誰もが、自発的に参加を買って出るのだ。

            今年の公演チケットは8ドル。高校生が演じるものにしては、決して安くはないが、それだけの見ごたえはじゅうぶんあるし、実際、5回開かれる公演は毎回満員となる。

            これだけの舞台を成功させるのには、表でヒーロー、ヒロインとなる者ばかりではなく、プログラムの作成から、スポンサーの獲得、大道具、小道具の製作にいたる裏方さんまで、かなりのボランティアが必要なことは容易に推測できる。高校生集団がよくこれだけの舞台を演じ、公演を成功させるという意味で感動する。

            4人の子どもたちの母として、日本とアメリカの教育をついつい比較して眺めてしまう私だけど、“学ぶ”って暗記したり、覚えたりということだけではないことを、改めて思い知らされる。“主体性を持って参加すること”から何かを学ぶって素晴らしいし、そこから受ける刺激は計り知れない。

            もし、私が高校生をもう一度できるなら是非これに参加してみたいとさえ思う。そんなミュージカルだった。
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            | yahoi | ハイスクールネタ | 09:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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