みしがん・でいず

「ぼへみあん・ぐらふぃてぃ」http://gogo.chips.jp/ USA編。

のんびりゆったり子育てとシンプルライフを求めて、家族で南国サモアに移住。その後さらに米国に。日本を脱出してから、かれこれ19年が経ち子どもたちは成人してしまいました。米国・ミシガン州より発信していますジャズ好き、アラフィフ。
夢果たし、旅立ちのとき
0
    6月は、長女の自立に向けてのあれこれで振り回され、日々バタバタ。
    Columbus Ohio
    オギャ〜と生まれてからずっと我が家の長女として暮らしてきた娘が本日から社会人としてのスタートをきった。息子に比べると、このブログではあんまり登場しないキャスト(?)だけど……(笑)うちの中では、何しろおしゃべりなので家の中に彼女がいるといないでは大違い。

    娘は日本で小学校を卒業し、中学1年から4年間、南国サモアの公立学校に通った。16歳のときに今のミシガン州に来て、ハイスクール卒業後、地元州立大学でアート専攻、アパレルデザインを副専攻として大学を卒業したのが2年前のことだ。

    大卒後の就職先としてアバクロこと、Abacrombie & Fitch のデザイナー職にチャレンジし最終面接までこぎつけたもののボツ。最終面接には、全米のみならず、イギリス、オーストラリアなど海外からリクルートされた人々もいたという。与えられた課題の選考をパスしてきた最終面接参加者には、交通費全て支給、ステキなホテルが準備され、キャンバスと呼ばれる社内の見学だけでなく、コロンバス周辺の市内観光までつき、面接はワインを傾けながらのお食事スタイル。帰りには、買えば高価なアバクログッズのお土産までいただけるというもので、ミーハーな娘はこれでノックアウト。おまけに社内で働いている人はウワサどうりみんな俳優ばりのイケメンだったとのたまった。

    その経験から「あそこで仕事したいからもう一度勉強しなおす」という運びとなり、その後、大学院でさらに服飾デザインの勉強を続け、この春、再トライし幸運にも採用の知らせが届いた。2年前のリベンジながらも「目指せ!アバクロのデザイナー」という目標達成!

    昨年末、アバクロはアジア第1号店として銀座に店舗をオープンさせ大成功。2年前、娘が面接をうけたときに、「日本に出店計画があるらしい」というウワサは聞いていたものの、ファッションにはからきし疎い私には興味のあることじゃないので、その後ほんとに日本に進出したことも知らなかったが、2月に東京を訪れたとき、たまたま銀座を歩いていて、偶然発見!「東京のアバクロに行った」と娘に自慢しようと思い、店内に入ってみた。モデルのように美人のお嬢さんたち、6つに割れた筋肉を持つイケメンのお兄さんたちが、独特のアバクロBGMにあわせて踊りながら店員をしていた。店内は薄暗く、陳列されている商品のタグは暗くて見えない。店員が手にペンライトを持って仕事をしていた。

    銀座店オープン時には行列ができ、ニュースにもなったというだけあり、私が行ったときには、東京見物のついでに観光気分で訪れる、アバクロのターゲットからはかなりズレている(?)人々(私もだけど)も店内にちらほらいて、私の知る近所のモールにあるアバクロとはあきらかに雰囲気がちがっていた。

    オバサンがた、場違いでっせ!
    調子にのって、イケメンのお兄さんとのニッコリ写真を撮る。それも別の友人と2度……

    話がそれてしまったけど……つまり、娘はとうとう我が家の一員として暮らしてきた生活にピリオドをうち、そんな会社の本社があるオハイオ州・コロンバス近郊に引っ越した。

    とはいうものの、正式に大学院を卒業するのは、当初12月を予定していて、就職が先に決まってしまったので、あわてて卒論を終わらせ、卒業を急きょ8月に前倒しに。6月から来てほしいのリクエストに応えて、忙殺的に準備をしてきたこの3カ月。

    安全運転でお願いします
    ひとり立ちに向けて、急いで専用の車を購入。小さい頃からいまいち運動神経が鈍く、人並み外れた方向音痴の娘は、運転がどうも苦手。今までは電話1本で家族ややさしい彼女の友人の誰かがアッシー君をひきうけてきたため、運転免許はあるものの、完全なペーパードライバー。少しずつ練習しなくてはと、運転しだしたのはいいけど、自宅のドライブウェーに駐車しようとして、停めてある夫の車にぶつけるというアクシデント発生。これには家族一同、「これほどどんくさいとは……」と呆れるやら、先がおもいやられるやら。が、車なしでは生きていけないアメリカ社会。

    ってなわけで、6月のはじめに、これから住むことになる町まで、アパート探しにでかけるにも、使える公共交通機関がないここでは、「ひとりで行ってらっしゃい」というわけには行かず、車で送っていくはめに。

    アパート選びは、車の運転に慣れるまで、とにかく会社からいちばん近いところを最重視。結局、ファーマシー兼コンビニのWalgreen、ピザ屋とチャイニーズテークアウェイが隣接していて、職場まで最短距離という立地条件のアパートに決定。これで、未熟な運転でふらふらしなくても何とか生き延びられそうだ。
    新生活がスタートするアパートのキッチン
    そして、6月19日に引越し決行!娘が自分で運転してエクスプレスウェーなど走ろうものなら、即死しそうなので、娘の車は息子2人が交代で運転し届けることに。荷物を積んだバンと2台でオハイオ、コロンバス近くの町までドライブ。隣接の州とはいえ往復すると1000キロ以上の距離だ。

    引越しの途中、ガソリンスタンドに立ち寄ったら、
    「ない!ないない。クレジットカードがない」と娘。
    どうも、ミシガン内で、キャッシュを引き出すために立ち寄ったATMに、カードをおいてきてしまったらしい。唯一のクレジットカード紛失という、これまた呆れるドジから自立へのスタートは始まった。(まったくネタに事欠かないことで……なんてドラマチック)

    自立にむけて、いろんなハプニングはつきもの。その都度、自分で対処する術を身につけ、生きる力を養っていくものだと無理やり思うことにする。そう思えばどんな難関も己が育つための肥しといえなくもないではないか……。

    うるさい親元から離れ、自由を得た娘よ! 新天地でひとりとなり、今まで、家族や友人にどれほど守られ助けられ生きていたかこれから実感するだろう。

    そして、これから社会人としての幾多の苦労もあるにちがいないけど、自分で選んだ道に進めるシアワセを心に留め、今まで見守ってもらった全てに感謝し、さらなる目標と夢を達成していくが良い。

    誰もがそうして心身ともに真の大人になっていくのだから。
    Twitter「つぶやく」ボタン
    | yahoi | 暮らし・余暇 | 12:12 | comments(4) | trackbacks(0) | - | -
    ハイスクールグラジュエーション
    0
      本日無事、末息子がハイスクールを卒業。
      卒業証書をもらう瞬間

      ハイスクールの卒業式参列は4度目。でもこれで最後と思うとうれしいようなさびしいような……。長いこと、ご苦労様でしたワタシ。

      帽子投げ
      卒業式の定番、帽子投げの瞬間。
      | yahoi | ハイスクールネタ | 12:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
      表彰式 (Senior Honors Recognition Program)
      0
        末息子のハイスクールの卒業式を日曜にひかえ、今夜はシニアの表彰式に出席した。
        2010 ハイスクール表彰式
        四人の子どもたちがお世話になったハイスクールでは毎年年度末に、優等生の発表を兼ねた表彰式が催される。特にハイスクール最後の学年であるシニアは、大学進学者の奨学金受章者や各学科ごとで授与されるあらゆる受賞者を表彰するため、たっぷり二時間以上の式典となる。

        なかには、大学から複数の奨学金を得たうえ、さらに幾種類もの賞金を伴なう賞を総なめにし、この日だけでいったいいくら稼いだのか?!と思わず゛足し算してしまいたくなるような優秀な生徒もいる。ハイスクール時代の四年間、勉強、スポーツ、地域奉仕、芸術などなど、しっかり活動して結果を出したものがそれを評価され報われる瞬間ともいえる。

        このイベントに出席するのは、四度目だが毎回、奨学金制度の充実度には敬服する。日本に比べると、結果を出した者にたいしての、「ご褒美であり、さらなる応援の印」でもある奨学金の種類の多いこと。大学や州、企業が出す大きな奨学金から、$2500、$1000、$500、$300といった小さなものまで。おかげで、我が家のようにアメリカ人でもないのに、四人の子ども全員がなんらかの奨学金をいただいている。(なんて懐広いのだ)

        特に、ハイスクール在籍ちゅになんらかの理由で亡くなってしまった生徒や職員の遺族が追悼のために設立したMemorial scholarship というのも目立つ。たとえば、今年は、昨年水の事故で亡くなってしまった男子生徒のメモリアルスカーラシップが新たに加わっていた。こうした奨学金は、生前の故人を偲ばせる活動を重視した選出となるので、ゴルフが得意だった生徒なら、成績が優秀なだけでなくゴルフができる子の中から選ばれるし、故人が英語の先生だと選出のためにエッセイを書かせたりするのが特色だ。

        今夜の式典では、つい先日交通事故で亡くなったばかりの女生徒のお姉さんが亡くなった妹にかわり、数々の賞を受け取っていたのが涙をさそいながらも、大きな拍手で讃えられていた。本来、この席で堂々と表彰されるべきと思うとほんとに無念だ。

        さてさて、うちの愚息も遅刻が多くて危なげながら、とりあえずは四年間通して優等生でいられたため表彰された。これで四人の子どもたち全員、全学年を通して優等生としてハイスクール生活を終えたことになる。地元州立大学では、優等生で卒業した生徒には、年間、$2000の奨学金を出す。そして規定の成績を保てば、最大四年間奨学金がもらえるので、$8000となるためバカにならない。つまりここでは、「そこそこ成績がいいこと」は「お金」に繋がるのだ。

        また、成績だけでなく、個性も重視されるため各分野でもいろんな賞が授与される。たとえば、息子の場合は今回、音楽の分野で、"Louis Armstrong award" を受賞。これは、ハイスクールシニアの中でも、特にジャズに貢献した生徒に与えられるそうで、(かつてジョン・メイヤーやパット・メセニーなども受賞しているらしい)在籍中のジャズバンドでの息子の活動歴や受賞歴の報告とともに、先生からは、19年に及ぶ教師生活でこのような才能にであったことはないという痒くなるような大げさなコメントをもらった。

        Louis Armstrong Award
        とはいうものの、舞台の上でふてぶてしくつったっている息子の姿から、「ありがとう。でもオレ、ジャズミュージシャンになるつもりないし……」というつぶやきが母親の私には聞こえてきそうだった。

        ともあれ、アメリカのハイスクールにお世話になり足掛け九年。母親としてここには書ききれないいろんな“思い”はあるけど、それは私の胸の中にしまっておくことにする。

        Twitter「つぶやく」ボタン
        | yahoi | ハイスクールネタ | 03:33 | comments(3) | trackbacks(0) | - | -
          12345
        6789101112
        13141516171819
        20212223242526
        27282930   
        << June 2010 >>

        このページの先頭へ